旧教員宿舎の一部は、
宿泊に使いたいと考えています。
つまり、
民泊・宿泊施設です。
でも、
ただベッドを置いて、
予約サイトに載せればいい、
とは思っていません。
ここへ泊まる理由が必要です。
島根で泊まって、初めて分かったこと。
今回の島根旅行。
朝から、
出雲大社へ行く。

蕎麦を食べる。

旧大社駅へ行く。

日御碕へ向かう。

別の日には、
玉造を歩く。

石見銀山へ行く。

美術館を見る。

その途中に、
泊まる場所があります。
宿は、
旅の目的地でもありますが、
同時に、
地域を回るための拠点でもあります。
ここが、
いすみの宿泊を考える上で、
大きなヒントになりました。
旧教員宿舎だけで勝負しなくていい。
築46年の旧教員宿舎を、
高級ホテルのようにする。
たぶん、
この方向では勝てません。
でも、
いすみには、
旧教員宿舎の外があります。
海。
食。
自然。
森。
地域の店。
これから見つける、
さまざまな場所。
だったら、
宿そのものだけで、
旅行体験を全部提供する必要はありません。
いすみを楽しむための拠点になる。
それでいい。
島根で印象に残ったのは、「移動そのもの」も旅だったこと。
出雲大社から日御碕へ。
玉造から別の場所へ。
石見銀山へ。
目的地から目的地へ向かう途中にも、
景色があります。
町があります。
地域があります。
いすみでも、
宿泊者に、
「この部屋で一日過ごしてください」
ではなく、
ここに泊まって、外へ出てほしい。
海へ。
食事へ。
地域へ。
そして夜、
旧教員宿舎へ戻ってくる。
そういう宿にしたい。
高級化しない。
もちろん、
清潔にはします。
ベッドも必要。
水回りも必要。
安心して眠れる場所にする。
でも、
新築ホテルと同じものは目指さない。
昔の宿舎だった雰囲気。
部屋の余白。
建物の古さ。
必要なら、
それも宿泊体験の一部にする。
宿泊客が来れば、建物の外にもお金が流れる。
ここも、
宿泊をやりたい理由の一つです。
賃貸なら、
基本的に住む人から家賃をいただきます。
宿泊なら、
外から人が来ます。
そして、
宿泊者は、
食事をする。
買い物をする。
観光する。
地域のサービスを使う。
島根を旅行した自分自身が、
まさにそうでした。
蕎麦を食べる。
宿に泊まる。
地酒を見る。
神社へ行く。
施設へ入る。
一人の旅行者が、地域のいろいろな場所へ少しずつお金を落とす。
旧教員宿舎への宿泊も、
その入口にできないか。
「泊まりたい宿」ではなく、「行きたい場所にある宿」。
もちろん、
宿自体も魅力的にしたい。
でも、
それ以上に、
いすみに行きたい。
だから、
そこに泊まる。
そんな順番もあっていいと思っています。
今回の島根旅行で、
場所から場所へ移動しながら、
改めて感じました。
宿泊は、建物単体の商品ではない。
地域で過ごす時間の一部です。
旧教員宿舎の古い一室。
ここを、
いすみを旅する人が、
一日の最後に戻ってくる場所にする。
それが、
この建物に与えたい、
新しい役割の一つです。

