第13話|「綺麗にしすぎない」という選択。

古い物件の再生には、

分かりやすい写真があります。

Before。

After。

暗い部屋が、

真っ白になる。

古いキッチンが、

新品になる。

床も、

壁も、

全部新しくなる。

私も、

以前はそれが「再生」だと思っていました。

でも最近、

少し違うことを考えています。

綺麗にしすぎることで、なくなるものもある。

日御碕へ行った。

出雲大社からさらに海側へ向かい、

日御碕へ行きました。

日御碕灯台。

日御碕神社。

海。

同じエリアにありながら、

それぞれ雰囲気が違います。

特に感じたのは、

自然も建物も、

それぞれが主張しすぎていないこと。

灯台だけを見ればいい、

という場所でもない。

神社だけでもない。

海だけでもない。

周囲を含めて、その場所の記憶になる。

旧教員宿舎にも、周囲があります。

旧教員宿舎だけを、

部屋単体で綺麗にすれば、

それでいいのか。

最近は疑問があります。

ここには、

森があります。

少し車を走らせれば海があります。

地域があります。

そして、

この建物は、

かつて教員の方々が暮らした宿舎です。

だから、

新品のマンションのようにして、

この場所の過去を全部消すより、

昔の時間が少し見える方が面白いかもしれません。

「古い」と「汚い」は別。

ただし、

誤解されたくないところがあります。

汚いままにする、

という話ではありません。

不衛生。

危険。

壊れている。

これは直します。

一方、

使い込まれた木。

昔の建具。

少し変わった間取り。

傷はあるけれど使えるもの。

それは、

必ずしも欠点ではありません。

古いものと、悪いものを分ける。

ここは、

再生では重要だと思っています。

新築には、新築で勝てない。

築46年の旧教員宿舎へ、

何千万円かけても、

新築にはなりません。

新築マンションのような設備。

新築ホテルのような内装。

そこを追えば、

お金はいくらでもかかります。

だったら、

違う価値をつくる。

教員宿舎だったこと。

古さ。

森。

海。

DIYできる余白。

ここにしかないもの。

日御碕神社で感じた、色と時間。

日御碕神社も印象に残りました。

建物が、

単なる「古い施設」には見えません。

その場所には、

時間が積み重なっています。

だから、

古い建物を再生するとき、

新品にすることだけが価値向上ではない。

時間をどう残すかも、設計の一部になる。

そんなことを考えました。

安全性は現代へ。表情は昔のものも残す。

今のところ、

LISONO LIFEの再生方針を、

一言で言うなら、

これかもしれません。

安全性は現代へ更新する。

表情は、昔のものも残す。

電気。

防水。

給排水。

構造。

安全に関わるところは、

必要なら迷わず更新する。

一方、

安全性に問題のないものは、

一度残せないか考える。

新品にすることと、

価値をつくることは、

同じではありません。